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京都家庭裁判所 平成9年(少)1995号 決定 1997年12月04日

少年 S・Y(昭和54.7.30生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

理由

(非行に至る経緯)

少年は、幼少期から、実父であるS・Zが刑務所への出入りを繰り返して家族の面倒をみないばかりか、少年や実母に暴力を振るい、実母と離婚した後も少年と実母の居宅や実母の勤め先に押しかけては暴れるなどしていたから、実父に対して強い恐怖感と恨みを抱くようになった。

小学校高学年時以降、実父が再三にわたり服役したことなどから、少年と実父との接触は途絶えたが、そのころから、実母が、独り言や妄想など精神分裂病の症状と見られる異常な精神状態に陥り、家事などの日常生活上の活動もできなくなって、精神病院への入退院を繰り返すようになった。一方、少年も、不登校がちとなり、不眠が続き、自宅に閉じこもるなど精神状態の変調が始まり、実母、少年共々生活状態は荒廃を極めていった。こうした生活が続く中で、少年は、中学2年生時ころから、実母の異様な言動にいら立っては激しい暴力を加えるようになると共に、実母が実父への恨み言を繰り返したり、実父が押し入ってくる妄想におびえる様子をみるにつけ、実母や自分が精神的におかしくなったのはすべて実父のせいであると考えて、実父に対する恨みを募らせていった。

少年は、平成7年3月に中学校卒業後、就労することなく自宅に閉じこもりがちな毎日を送る中で、平成8年10月ころには精神科医から精神分裂病にり患している旨の診断を受けたものの、治療や投薬を受けないまま、従前同様の荒廃した生活を送り、実母への暴力も続いていた。そして、平成9年2月ころ、少年の暴力に耐えかねた実母が突然家を出て以降、少年は、現住所において単身で生活するようになった。

その後の同年6月ころ、実父が再び実母と同居するようになり、これに伴って少年と実父の接触も再開した。しかし、少年は、実父が実母に薬を飲ませないようにしたり、尊大な態度で実母に家事を命令する様子を見るにつけ、またしても実父が実母を苦しめていると感じて憤り、どうしたら実父を実母から引き離せるか苦悩するようになった。また、少年は、同年7月ころから定期的に精神科医の治療を受けるようになり、他方、このころから医師になりたいとの希望を抱いて大学受験に向けて勉強を始めようとしていたが、実父からは、毎日のように「早く働け。」、「薬に負けているだけだ。病気ではない。仕事をしろ。」等となじられるようになり、そのたびに、父親の資格もないのに少年や実母の生活を妨害する実父に対する憎しみを募らせ、時に実父を殺してやりたいとの衝動に駆られることもあったが、実父への恐怖感もあって、強く反発することもできずにいた。

就労せよとの実父からの要求はその後も執ように続いたことから、少年は、同年10月20日からビル清掃会社で就労したが、高所での危険な作業になじめず、翌日の同月21日の勤務後に同会社を辞めた。同日夜、少年は、仕事を辞めたことを実父母に話すため、実父母の居宅に赴いた。

(非行事実)

少年は、平成9年10月21日午後10時5分ころ、実父S・Z(当時52歳)が暮らす京都市○○区○○町×番地の×○○×号室において、同人から少年が仕事を辞めたことをなじられたのをきっかけに口論となり、同人から、「もうおまえは帰れ、帰れ。」等と怒鳴られた上、さらに嫌みをいわれたことから、これに激高すると共に、かねて同人に対して募らせていた憎悪を抑えきれなくなり、とっさに、同室内台所流し台下の開き戸の中から菜切り包丁(刃体の長さ約16.8センチメートル、平成9年押第340号の1)を取り出し、同人を死に至らしめるかもしれないことを認識しながら、あえて、その包丁で、同人の頭部、顔面、胸部などを十数回にわたって切り付けたが、同人に抵抗されたため、同人に対し、全治約2週間を要する頭部、顔面、胸部、右上腕、右前腕、右下腿、左足多発切創の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかった。

(事実認定の補足説明)

少年及び附添人は、本件非行時、少年には被害者を殺害しようとの意図はなかったとして、殺意の存在を否認するが、

(1)  本件に使用された凶器である菜切り包丁(平成9年押第340号の1)は、切先は鋭利ではないものの、刃渡りが約16センチメートルあることや、その硬度からして、攻撃部位によっては人に致命傷を与え得る程度の殺傷力を有していること

(2)  被害者の身体には、合計13か所の切創又は弁状創が残されており、そのうち5か所は頭部又は顔面という枢要部位であること(平成9年10月22日付け「負傷状況の医師所見について」)

(3)  被害者の頭部及び顔面の各受傷は、その深さは約5ないし15ミリメートル、長さは約4ないし17センチメートルに及んでいることが認められるところ(前記証拠)、本件凶器の形状に照らすと、このような傷は、少年が、相当の力を込めて刃先をたたきつけた上、そのまま刃先を手前に引くという強力な打撃を加えなければ生じないものと考えられること

(4)  本件非行時、少年が、被害者のどの部位をねらって包丁を振り下ろしたかは必ずしも明確でないが、少年の捜査段階及び審判時の供述によれば、少年は、凶器の菜切り包丁を手にして被害者の背後に近づき、被害者が振り向くや、右手に持った包丁を頭上に振り上げた上、被害者目掛けてそれを振り下ろした旨述べており(少年の平成9年10月29日付け警察官調書、同年11月7日付け検察官調書、当審判廷における供述)、被害者もこれに沿う供述をしていたことがうかがわれるところ(同年10月22日付け「被害者の臨床尋問結果について」、同年11月6日付け実況見分調書)、このような攻撃態様を前提とすれば、被害者の頭部や顔面等に打撃が及ぶであろうことは少年自身も認識していたと考えられること

(5)  本件非行に至る経緯、動機については既に判示のとおりであり、少年は永年にわたり被害者への憎悪を募らせていたものであって、被害者の殺害を意図したとしても決して不自然とはいえないこと

などからすると、少年が、単に被害者に傷害を負わせるだけの意図で攻撃に及んだとは到底考えられない。もっとも、本件菜切り包丁は殺傷能力が極めて高い凶器であるともいいがたいこと、被害者の負傷部位は腕や足にも及んでおり、少年が被害者の頭部や顔面のみを集中的にねらって攻撃していたとはいえないことなどからすると、少年が確定的な殺意をもっていたとまでは断定できないが、前記の事情を総合すれば、少なくとも未必的な殺意をもって被害者に攻撃を加えていたことは明らかである。

よって、少年及び附添人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

刑法203条、199条

(処遇の理由)

本件は、実父に対して積年の恨みを抱いていた少年が、実父から仕事をやめたことなどをなじられたのをきっかけにこれまでの憎悪を爆発させ、未必的な殺意をもって、実父に対して十数回にわたって包丁で切り付ける暴行を加えた事案である。

非行に至る経緯や動機は既に判示のとおりであり、物心がついたころから犯罪性の高い実父による虐待におびえる毎日を送り、小学校時代から思春期にかけては、実母共々精神分裂病に冒され、永年にわたり内閉的で荒廃した日々を送り、最近に至って実父との接触が再開するや、実父の執ような干渉のために適切な治療も妨げられるなど、少年の生育歴は過酷であり、その閉そくした状況下で実父に対する憤まんや憎悪を募らせていった少年の心情には同情すべき一面もあるものの、本件における少年の行動は余りにも短絡的であり、その暴行態様も凶暴極まりない激しいものであって、背景事情を考慮しても、限度をはるかに超えた重大非行といわざるをえない。また、少年は、本件以前にも、実母に対し、長期間にわたり激しい暴力を加えているほか、中学校時代の生活にも攻撃性・粗暴性をあらわにする場面があったことがうかがわれ、情動の統御が崩れると衝動的に激しい攻撃的行動に出る傾向が認められる。本件非行の背景としては、前述のような特殊な事情に加え、この資質的な問題性も軽視することができない。

少年の再非行を抑止するには、<1>少年と実父の間の関係調整、<2>少年のり患している精神分裂病に対する適切な治療、<3>少年の攻撃性・粗暴性の改善の3点が最も重要な要素であると考えられる。

まず、<1>については、少年は、実父とも、本件を期に、互いに適切な距離を置いて生活することの重要性を悟り、これまでの関係を改善しようとの構えを見せているが、少年と実父の確執は十数年来の根深いものであり、本件により関係改善が一気に進むことを期待することは困難であり、今後も、少年と実父との接触に伴い、同種の重大事件がひき起こされる危険性は高いといわざるをえない。<2>については、少年の現在の病状は比較的軽く、社会内での適切な治療により寛解に向かうことが期待できるものの、現在の少年の保護環境は余りにも劣悪であり、適切な治療ベースに定着できるかは楽観できない状況にある。そして、最も問題性の大きいのは<3>である。不快場面で情動のコントロールを崩し、衝動的に暴力的行動に出る傾向は、精神分裂病の病勢とも関連があるものの、少年固有の資質問題として早急に改善されるべきものであるが、少年自身が自己の抱えるこの問題点についてほとんど認識していない上、適切な監護者も見いだせない状況では、この深刻な問題を改善する社会内の資源は極めて乏しいというほかない。少年が、今後も、従前同様の内閉的・非社会的生活を継続する可能性が高いことからすれば、社会生活の中で不快状況に対して適切に対応する能力や現実判断能力の向上を期待することは難しく、不快や不満を蓄積させた際、実父母のみならず第三者に対しても重大な暴力行為にでる危ぐを払しょくすることができず、専門的な矯正教育は不可欠であるというべきである。

そうすると、現時点の少年に対しては、社会内処遇で再非行を抑止することは難しいとみるべきであり、医療と矯正の両面からの適切な対処をなしうる医療少年院において、精神傷害に対する確実な治療を施しながら、心情の安定と社会性の回復を図ることを通じて自己の資質面での問題性を改善させることが不可欠であるものと判断する。

なお、少年の更生にとって、少年院における矯正教育に引き続く在宅処遇段階も極めて重要な意味を持つことになると思料されることから、関係機関は、仮退院後の少年が、実父との間に適当な距離を置いた生活環境を整えられるよう、また、円滑に社会内の医療的措置を受けられるよう、環境調整に格別の配慮を願いたい。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 丸田顕)

少年の環境調整に関する件

少年 S・Y

本籍 京都府亀岡市○○町○○×丁目××番地

住居 京都市○○区○△町×番地× ○○ハイツ×××号

職業 無職

年齢 18歳(昭和54年7月30日生まれ)

上記少年は、別紙決定謄本のとおり、平成9年12月4日当庁において医療少年院送致決定を受けた者でありますが、これまでの非行の経緯、少年の資質上の問題点及び家庭環境にかんがみると、少年の更生にとって、少年院における矯正教育が引き続く住宅処遇段階が重要な意味を持つことになると思慮されますので、少年の環境調整に関し、次のとおりの措置を行われますよう、少年法24条2項、少年審判規則39条により要請します。

少年の非行の背景には実父に対する永年のえん根と憎悪があり、仮退院後も、実父との接触が従前同様に継続すれば本件同種の重大な再非行を犯す危険性がある。また、少年は、精神分裂病にり患しており、仮退院後も引き続き適切な医療措置が必要である。

以上にかんがみ、京都保護観察所長は、少年の仮退院後、実父との間に適当な距離を置いた生活環境を整えられるよう、少年及び父母に適切な助言と指導を行うと共に、少年が円滑に社会内の医療的措置を受けられるよう、保健所、福祉事務所等の関係機関との連携を図ることにつき格別の配慮を願いたい。

京都保護観察所長 殿

平成9年12月4日

京都家庭裁判所

裁判官 丸田顕

編注 抗告審(大阪高 平10(く)7号 平10.1.16抗告棄却)

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